おひさの更新です
さて、仙石秀久のつづきです。
1570年、浅井・朝倉VS織田・徳川の姉川の戦いが起きます。
では、姉川の戦いについて簡単に。
1570年の6月28日、織田・徳川連合軍およそ3万、
浅井・朝倉連合軍1万8000が、姉川をはさみ対峙する。
徳川軍が朝倉に攻撃したのを皮切りに、戦いが始まる。
信長は、13段の陣構えを取ったが、浅井家の精鋭部隊の磯野員昌軍が、
そのうちの11段まで突き破ってきた、後詰(※1)に来た稲葉一鉄の活躍により、危機を脱する。
一方、徳川軍も、榊原康政の奇襲により、大群を有していた朝倉が破られる。
これによって、浅井も崩れ、敗走し、織田・徳川連合軍の勝利となる。
その中で、仙石秀久は、浅井の武将(※2)山崎新平を討ち取り、4年後1000石を与えられる。
つづく
※1・・自軍に対して、援軍を出すこと
※2・・仙石家の書によると、浅井の兵と表記されてるため武将であったかは不明。
H/K もうすぐ体育祭です。
とても憂鬱です・・・・(ーー;)
自分足遅いのに、400mに出るはめに・・・
はぁ・・・・
まぁとにかく、オレσ(□。□-) ががんばれる、ムカデ競争を頑張るだけです。
ムカデは勝つぞー!!
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